イムコに関してまことしやかに言い伝えられている事と、それに対する分かってる事や自分の考えをまとめてみました。
- トレンチライター/戦士のライター/兵士の友
(写真は無いのでGoogleの検索結果を引用します。)
このトレンチライターの「トレンチ」とは塹壕の事です。
似たような言葉に「トレンチコート」がありますが、その言葉が第一次世界大戦で生れた事や、戦士のライター、兵士の友と言った勇ましいキャッチコピーから、このトレンチライターも第一次世界大戦中に使われていたと多くの方は思われるかもしれません。または、思って居たかも知れません。実際、その様な紹介をしている記述が沢山あります。
しかし、そんなネーミングとは裏腹に、このライターは戦後のライターです。
第一次世界大戦後、大量に破棄されている空薬莢をリサイクルする形で誕生したのが、IFAでした。
イムコ社は大戦中は軍需向けにボタン製造を行っていましたが、戦後にその需要が無くなると、空薬莢をリサイクルしてライターを作成する様になりました。
第一次世界大戦の終わりは1918年です。イムコがライター事業に着手したのは同じ1918年。そしてIFAを世の中にリリースしたのは1920年です。
余談ですが、初期のIFAは所謂トレンチライターよりも作りが簡素でした。所謂トレンチライターに近いタイプは1927年にリリースされたIFAがそれに当たると思います。実に戦後10年近く後にリリースさらたライターを日本ではトレンチライターと呼んでいたのです。
※但し、単に兵士が愛用したと思われるライターをひっくるめてトレンチライターと定義しているサイトもある見たいです。
今年?去年?ペンギンライターからIFAのレプリカが発売されました。そこでのコピーは「第一次世界大戦時、塹壕(トレンチ)に落ちていたライフルの薬莢を改造したオイルライター」とされています。「戦士のライター」などと比べると勇ましさはトーンダウンした様な感じですが、その正確さには好感が持てます。
- Ifa? or yfa?
時々、オークションサイトでは、yfaとして出品されてる方もいますが、それは刻印されてる筆記体の"I"が"y"に見えるからに他なりません。
- 戦地では伝令がTRIPLEX(SUPER/JUNIOR)を使用した。
(火を灯し、脇にメモや指示書を置き去る)
ですが、まず第一に、オイルタンクを抜いてキャンドルの様に使用できる時間はごくわずかです。
新品の歪みが無いタンクであれば、もう少し頑張れますが。通常は、数分で火に温められ気化した燃料が、タンクとその蓋の隙間から漏れ出して引火し、タンクごと火だるまになります。
実際にやって見ると、伝令の紙を燃やしてしまうかもしれず、明らかにこの伝聞は嘘だと思うでしょう。
そして、第二に、戦地とはいつの戦争の戦地でしょうか?第一次世界大戦?第二次世界大戦?
IFAでも触れていますが、イムコがライター事業を始めたのは第一次世界大戦の終戦後です。
つまり、この「戦地」は第二次世界大戦を示してる事になります。
しかし、第二次世界大戦当時、実はTRIPLEX SUPERやJUNIORは世の中にはありませんでした。この2種類のライターは、またしても第二次世界大戦の戦後、1955年頃にリリースされたライターなのです。
実は当時、この2種のライターでないTRIPLEX 4700と言うライターはありました。
SUPER等の元になったライターで、非常にそっくりなライターです。
ただ、SUPERが合理的な造りで、一時期は1000円前後で売られて使い捨てもいとわない感じだったのに対して、TRIPLEX 4700はメカの機構が若干複雑でその分高価になり使い捨てにするには惜しいライターだったと思います。
つまり、この伝令云々の話は、真っ赤な嘘だったと思うのです。
- 第二次世界大戦で、アメリカ軍将兵がジッポー、イギリス軍将兵がロンソンを使用したのに対し、ドイツ軍将兵はイムコを愛用した。
この言い切った文章はいかにも それぞれの軍に正式採用された様に受け取れますが。
ジッポ程のライターでもアメリカ軍に正式に採用された事は無い(実際には軍のPXで売られていた。)そうで、時代や需要の諸々がマッチした結果の様です。
また、ジッポと言えば、一つのほぼ決まったシルエットが思い浮かぶかも知れませんが、イムコには色々なライターが有ります。この一文からはどのライターを言ってるのか定まりません。
先に書いていますが、イムコを代表するIFAやTRIPLEX(SUPER/JUNIOR)は、いずれも先の2つの大戦の後に産まれたり広まったライターです。ジッポと比べるならこのライターですが、戦後のライターであるゆえに
もしかしたら、戦時の軍では無く、非戦時の軍を言ってるのかも知れません。(最初の第二次世界大戦の書き出しは完全に無視して考えてます。)
しかしですが、そもそも、この文章自体が戦争や軍隊への安っぽいロマンを満たす為に書かれた様にも感じます。
そうすると、やはりこの文章は、非戦時でなく戦時をイメージした上での文章では無いでしょうか。(だから…第二次世界大戦と書き出しにあるのですが、完全に無視して考えています。)
色々とちぐはぐで、色々と疑問を感じる文章でありながら、その分かりやすさ(※正確とは言っていない。)から今でも良く見る文章です。Wikipediaにも長い事書かれているので、それも原因かもしれません。
(2018/11/27追記:第二次世界大戦当時、実際にドイツ軍のライターを製造していたのは、ユダヤ人オーナーを追放して事実上ナチスドイツが接収したWIFEU社(Wiener Feuerzeug- und Metallwaren-Fabrik)だったそうです。参考サイト1、参考サイト2)
- フリントはイムコの規格?
これはまだ調べている途中なのですが。
ジッポより創業の古いイムコが、ライターのフリントやウィックに関する規格を策定したような記述をよく見かけます。しかし、これはどのくらい確かな事なのでしょうか?
なぜ、そう疑問に思うかと言うと、
フリントの発明が1903年(オーストリア)に対して、イムコがライターを作りだしたのが1918年とあり時間があいている事。
イムコは当時のライター業界の中では参入時期が遅かったと言われてる事。
そもそも、フリントを発明したカール・ヴェルスバッハ (Carl Auer von Welsbach)は、Treibacher Chemische Werke GesmbH(1907年創業@オーストリア:以後TCW)と言う自前のライター会社を持っていたと言う事です。
ただ、このTCWについては、自らライターを製造する事はなく他社からOEMで供給されたライターを売っていたようです。(イムコもTCWにOEM供給していた様です。)
これらの事から、イムコが規格を策定したと考えるより、TCWが策定した。もしくはTCWの関係の深いオーストリアのライター業界で規格が定まった。少なくともイムコ参入前に規格が決まっていた可能性がある。と考えるのが自然ではないでしょうか?
そのオーストリアのライター業界の中で、現代においても名前を残すことの出来たイムコが、いつの間にかオーストリアのライター業界を代表するかの様に扱われ、いつの間にか「イムコが規格した。」と言われるようになったのではないか?と自分は考えています。
イムコを代表とするオーストリアのライター業界はフリントの発明と言うイニシアチブにより、世界のライター業界のスタンダードに成った。その結果、各国のライター業界もそれに倣った。
と言うのが適切ではないかと思います。
勿論、これはただの仮説です。
もしかするとイムコが参入する以前は、まちまちだったフリントの寸法などが、イムコがIFAで成功する事で、他もそれに倣ったかも知れません。まだ、結論を出す段階ではないです。
しかし、一方で イムコが規格した。と言う説もその根拠を聞いたことが無く。これも一説にすぎないのでは?と思っています。
まだ結論は出ませんし、出せませんが。これについては引き続き調べたていきたいと思っています。(誰か詳しい方は居ませんか?)
ジッポより創業の古いイムコが、ライターのフリントやウィックに関する規格を策定したような記述をよく見かけます。しかし、これはどのくらい確かな事なのでしょうか?
なぜ、そう疑問に思うかと言うと、
フリントの発明が1903年(オーストリア)に対して、イムコがライターを作りだしたのが1918年とあり時間があいている事。
イムコは当時のライター業界の中では参入時期が遅かったと言われてる事。
そもそも、フリントを発明したカール・ヴェルスバッハ (Carl Auer von Welsbach)は、Treibacher Chemische Werke GesmbH(1907年創業@オーストリア:以後TCW)と言う自前のライター会社を持っていたと言う事です。
ただ、このTCWについては、自らライターを製造する事はなく他社からOEMで供給されたライターを売っていたようです。(イムコもTCWにOEM供給していた様です。)
これらの事から、イムコが規格を策定したと考えるより、TCWが策定した。もしくはTCWの関係の深いオーストリアのライター業界で規格が定まった。少なくともイムコ参入前に規格が決まっていた可能性がある。と考えるのが自然ではないでしょうか?
そのオーストリアのライター業界の中で、現代においても名前を残すことの出来たイムコが、いつの間にかオーストリアのライター業界を代表するかの様に扱われ、いつの間にか「イムコが規格した。」と言われるようになったのではないか?と自分は考えています。
イムコを代表とするオーストリアのライター業界はフリントの発明と言うイニシアチブにより、世界のライター業界のスタンダードに成った。その結果、各国のライター業界もそれに倣った。
と言うのが適切ではないかと思います。
勿論、これはただの仮説です。
もしかするとイムコが参入する以前は、まちまちだったフリントの寸法などが、イムコがIFAで成功する事で、他もそれに倣ったかも知れません。まだ、結論を出す段階ではないです。
しかし、一方で イムコが規格した。と言う説もその根拠を聞いたことが無く。これも一説にすぎないのでは?と思っています。
まだ結論は出ませんし、出せませんが。これについては引き続き調べたていきたいと思っています。(誰か詳しい方は居ませんか?)
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